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誰でもわかっちゃう政治の超基礎

国家権力って

国が国民にしてくれることとして、次に秩序が維持されるということがあげられます。

 

人間は過ちを犯すものです。


理想的であろうと努力しつつ、でもついつい、感情的に行動してしまう。


相手を傷つけることはいけないとわかっていても、悪口を言われたのでつい殴ってしまった。


誰もが経験することです。


そういう人が何万人、何千万人といれば・・・。


そしてもし、みんなが感情的に行動すれば収拾がつかなくなります。


まして、人間は善人ばかりではありません。


平気で犯罪に走る人もいます。


また、犯罪と犯罪じゃない行為の境界線を定める必要もあります。

 

国の秩序を維持するには、どうしたらいいでしょうか?

 

ちょっと簡単な質問だったでしょうか。


そうです。


国は、法律という決まりごとを定めて、それをみんなで守ろう、ということにしました。


ですが、国民がみんな、国が決めた法律を守ってくれるとは限りません。


事実、残念ながら違反する人はいます。


その気はなかったけれど、知らず知らずのうちにやっていたという場合もあるでしょう。


ですから、法律違反した場合の罰則を定めるとともに、違反した人を取り締まる組織は必要だと思います。


それが国家権力の一つである警察力です。


仮に、警察力という国家権力がなかったら、皆さんも生活していく上で不安になってしまうと思いますが、如何でしょう。


物騒な話で申し訳無いですが、家に帰ったら泥棒に入られていたとします。


もし、警察がいなかったら、被害にあったときにどこを頼ればいいのでしょうか。


極たまに、権力を悪い言葉として捉える人がいるようですね。


これは権力を暴力と同一視したために起きる誤解、あるいは過剰反応だと思います。


暴力というのは、法律を無視して振舞われる力であって、法律を守るために使われる権力とは、全く異質なものではないでしょうか。


ですから、国家権力と言う場合、これを悪いことの代名詞のように感じるのは間違っていると思います。


ただし、政府が法律に違反して行使する権力は暴力です。

 

わかり易い例を出しましょう。


1980年代に薬害エイズ問題という事件がありました。


厚生省(現厚生労働省)が認可した薬の中に、エイズに感染したものが入っていた事件です。


実は認可を出す前に、厚生省やその審議をした学者たちは、エイズ・ウイルス混入の危険性に気がついていたらしいのです。


しかし、気がついても、黙って認可していました。


その結果、薬を使った多くの人がエイズに感染してしまったのです。


この薬は使ってもいいという許可を与えるのは、法律によって決められた行為です。


ただしその法律には、安全が確認されたらという意味のことが書かれています。


認可という行為は、国家が行使する権力の1つです。


その認可が安全を確認できなかったにも関わらず下りたということは、違法行為を国家権力によって行わなかったことになります。


このように、政府が法に反して行った権力の行使は、暴力と言って過言ではないのです。


私たちは、国家権力を敵視してはいけません。


しかし、それが誤って行使され、暴力となったときには、過ちを正していかなければなりません。


単純に権力を悪とみなす風潮に軽々と乗せられないようにしながら、一方で監視をおこたらないという態度こそが、私たちに求められているのです。


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