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誰でもわかっちゃう政治の超基礎

最近の政治家には威厳がない

次に政治家個人の性格、人格の面から考えてみましょう。

 

どんな性格の人が政治家に向いているでしょうか?

 

政治家という仕事には、広く意見を聞き、様々な人を説得しつつ、いろいろな人を動かし、不特定多数の人に成果を報告するということが必要です。


つまり、多くの人と接する仕事です。


こういう人に必要な性格はどのようなものでしょうか。


まず、人から好かれなければ、なにも始まりませんね。


ですから、政治家には、まず1,親しみやすさがなければいけません。


人から好かれるには、身近に感じてもらうことが大事です。


つまり、偉ぶらず庶民的である、ユーモアのセンスがある、話し方が冷たくないなどが挙げられます。


親しみやすいということは、自分に近い、自分が好ましく思う人と同じであるという雰囲気がなければなりません。


次に2.威厳が挙げられます。


この場合の威厳は、威張っているという意味ではありません。


畏敬、敬愛の念を人に抱かせるという意味です。


畏敬や敬愛というのは、なにか行動や言動があって、その結果として生まれるものではなく、理屈以前に、それこそ会った瞬間惹きつけられてしまうものです。


最近の政治家に最も欠けている1つがこの威厳でしょう。


しかし、畏敬や敬愛というものは、素質さえあれば、自覚して磨くと理想に近づけるものです。


通常、人が好意を持つのは、母親や祖母といった女系の肉親が持つ無条件で受け入れてくれる優しさと、父親や祖父が持つ男系の肉親が持つ愛情に裏打ちされた厳しさです。

 

1950年代から60年代にかけて自民党の副総裁をやった大野伴睦という政治家は、前者の無条件で受け入れてくれる優しさ型の政治家でした。


頼まれると、どうにもイヤとは言えないのです。


義理と人情に厚かった人でした。


あるとき、大野の家に泥棒が入り、金を出せと刃物で脅す泥棒に、大野はこれを持っていきないさいとお金を渡し、さらにそれだけで足りるか?と尋ねました。


泥棒は、刃物を見せても驚かず足りるのか?と自分を心配してくれる大野に完全に参ってしまい、お金ができたら必ず返しにあがりますと言ったそうです。


大野はついに総理大臣にはならなかったけれども、その人柄を慕う政治家や支持者が多くいました。


逆に1932年の5・15時間で暗殺された犬養毅という首相は、支持者にとっては、愛情に裏打ちされた厳しさ型の政治家と言えるかもしれません。


犬養は小柄な政治家でしたが、彼は憲政の神様(今風に言えば議会政治の神様)とまで言われました。


5・15事件で暗殺されてしまいますが、犬養と会った人はみんな犬養のファンになり、やがて犬養のもとには信者と呼べるような熱狂的支持者がたくさん集まります。


実は犬養は1度、政界を引退するのですが、地元・岡山の犬養信者たちが勝手に犬養の立候補届けを出し、本人に無断で選挙運動をやって当選させたという逸話があるほどです。


犬養は、人から好かれる政治家であり、同時に神様といわれるほど人から畏敬の念を持たれる政治家でした。


身近に感じる親しみと、畏敬の念を抱かせる威厳を合わせ持って、初めて大物政治家と言うことができるでしょう。


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