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強力なリーダーが続けば政権も長続きする

戦後、長く日本の政権を握ってきたのが自民党です。現在(2011年4月)は野党(少数党)ですが、1955年の結党以来、途中で1年ほど除いて2009年まで政権を握り続けました。

 

この期間、実におよそ50年間。


日本は民主主義の国ですが、結果的に下手な独裁国家よりも権力を維持しています。

 

何故、自民党は長いこと政権を握り続けられたのでしょうか?

 

中選挙区制だったからと答えた人、正解です。


中選挙区制は、自民党に有利な選挙でした。


ですが、それだけが理由ではありません。


自民党は1955年に結党しました。


その名が示すとおり、自由党と日本民主党が合体してできたのです。


初代総裁は、のちに総理となる鳩山由紀夫のお祖父さん、鳩山一郎でした。


日本を国際連合に加盟させた立役者です。


異なる2つの党が合体したのですから、もともと仲がよかったわけでも、党員たちの主張が同じわけだったわけでもありません。


結党後、自民党内では派閥というものができました。


似たような考えや利害を持つ人たちがリーダーの下に集まり、政党の中に小さな政党のようなものをつくったのです。


自民党が長く政権を握れた理由の一つに、この派閥が挙げられます。


野党より大きな派閥をまとめられる、強力なリーダーが何人もいたので、自民党の中で政権交代ができたのです。


例えば、第三代総裁の岸信介は、日米安保条約の改定を行いました。


ちなみに、のちの首相となる安倍晋三は、岸の孫です。


岸の次、第四代総裁の池田勇人は、所得倍増計画という政策で、日本の経済を高度成長させることに成功します。


池田のあとを受けた代ご第五代総裁の佐藤栄作は、当時のアメリカの統治下にあった沖縄の返還を実現させました。


第六代総裁の田中角栄は、日本列島改造論をかかげて、日本国内の大公共事業を展開します。


さらに、日中共同声明を結び、中国との国交樹立を行いました。


田中のあとに三木武夫をはさんで、第八代総裁は福田赳夫です。


福田康夫元首相のお父さんですね。


この時代、日本は安定した経済成長をみせ、積極的なアジア外交が展開されました。


その後も、第九代総裁の大平正芳、第十一代総裁の中曾根康弘と強力な党首が出てきました。


このころは、田中派、福田派、大平派、中曾根派、三木派と、5つの派閥が自民党内で政権を争ってきました。


中選挙区制の時代でもあり、なかなか自民党に匹敵する野党が出てこなかったのです。


例えば、田中派の最大の敵は、野党ではなく福田派でした。


スポーツでいえば、全国大会よりも県内予選のほうが難しいということになるでしょう。

 

ところで、私は先ほどから総裁という言葉を使っていますよね。


このころは、自民党総裁=内閣総理大臣だったのです。


どういうことかというと、内閣総理大臣はアメリカ大統領のように、国民が直接選べませんよね。


国会議員が投票して決めます。


では、議員がだれに投票するのかというと、自分が所属する政党の党首です。


自民党の場合、それが総裁です。


民主党では代表と呼びます。


つまり、自民党であれ民主党であれ、最多数の衆議院議員を抱える政党の党首が、内閣総理大臣に選ばれるのです。


現在は民主党が多数党なので、民主党代表=内閣総理大臣というわけです。


近年の自民党で、最も支持を集めた総裁は小泉純一郎でしょう。


多くの国民は彼のかかげた改革に賛同し、2005年の郵政選挙で、自民党は大勝します。


ところが、小泉のあとを引き継いだ総裁たちは、福田康夫など一部の例外を除き、せっかく国民の支持を得ていた改革を進めず、むしろ後退させています。


かつての自民党では起こり得なかったリーダー不足です。


その結果、国民の支持を失い、ついに2009年、政権を手放してしまうのです。

 

2019年現在では、賛否両論あるとは思いますが、強力なリーダーシップを発揮した安倍晋三が長期政権を樹立しています。


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